同等学力日语

考试试题

[单选题]私は野原や山を歩いているときに、63 名前を知らない植物によく出会います。そういう時、採集してくることができる場合には、なるべくその植物の特徴のハッキリしたものを摘むなり、或いは根から掘るなりして大切に持ち帰って、植物図鑑だの、?その他の私が持っている書物を頼りに64?調べてみます。ところが、?65?持ち帰ることができない場合がしばしばあります。たとえば、それが大きな木であるとか、掘ることを禁じられている高山植物であるとか、或いは、よその庭に植わっているものであるとか、むしろ、?それを持ち帰ることのできないことのほうが多いかもしれません。その時には仕方がないので、自分の目で、それをよくみて、覚えて帰るより方法はありません。あまり不思議なものならば、そめ特徴をノートに書いてくることもあります。ところが、?特徴をノートに書いてきて、66?植物図鑑などで調べても、すぐに分かることは実にすくなく、たいがいの時は、何か見落としています。花弁や雌しべ雄しべの数などは、だいたい覚えていられるけれども、?どこか一部分に細かい毛があるかないか、67?それが今年伸びたところか去年のものか、と言うようなことになりますと、私の観察は実に不完全であって、どっちだったか分からなくなってしまいます。しかも、それが68?名前を見分ける決め手であることが分かったには本当に残念です。近い所ならばもう一度引き返し、一本の植物のある部分だけを確かめに出かけてもいいという気持ちにさえなります。このことは、?69?昆虫や小鳥の場合でも同様で、随分注意を払ってみたつもりでも、細かい記述のある書物と、自分の記憶を付き合わせてみますと、必ずといってよいくらい70?あいまいなところがでてきます。68.「名前を見分ける決め手」の意味として次のどれに当たるか。
[单选题]学者は言う。「この地方に数年あるいは数十年ごとに津波が起こるのは既定の事実である。( 41 )、これに備えることもせず、うかうかしているのは、そもそも不用意千万なことである」。 被害者側に言わせれば、「それほど分かっていることなら、なぜ津波の前に間に合うように警告を与えてくれないのか」。 これは、昭和8年に3008人の死者を出した三陸地震津波の際、寺田寅彦が書いた随筆「津波と人間」の一節である。55年を経た今日も、状況はそれほど変わっていないのではないか。被害は、自然界の法則に従って、忘れずに必ずやってくる。42それが「忘れたころ」になるところに、人間界の弱みがある。 東海地震の切迫が警告され、大規模地震対策特別措置法ができてから10年になる。静岡県を中心とした指定地域では当初、住民の防災意識が盛り上がったが、最近では、「来ないじゃないか」と、警戒心が薄れ、貯蓄品の更新などを怠る傾向が出てきたことを防災関係者は心配している。この夏、伊豆半島東方沖で起きた記録的な群発地震で、ノイローゼ状態になったのは犬や猫で、人間の方はそれほど気にしていなかったそうだ。43笑い話としてすまされるだろうか。 自然は先を急いでいないだけで、危険が減ったわけではない。ところが、人間には、危険な情報を無視したいという心情がある。社会心理学では「44正常化の偏見」というが、これが警告や警報の軽視につながり、被害を大きくする要素になる。 注:うかうかする/稀里糊涂 42.「それ」は何を指しているのか。
[单选题]「家で本当に料理しているのか」とか、「家では何を作っているのか」とかいう質問を受 ける。質問している人に悪意はないのだろうが、46私にとっては妙な質問と映る。私が忙 しそうに見えるので、外食ばかりしているのだろうと考えてのことか、男が料理するのがおかしいと思っているのか分からないが、長生きしたいとか健康でいたいと考えたら、自 分で作らなければダメだと思う。 と言って私はレストランの食事を否定しているのではない。家庭で作る料理を日常とし たら、レストランの料理は 47非日常と位置づけられる。非日常とは芸術のようなもので、 精神を保っていくためには不可欠なものである。絵や音楽のようなもので、ないからとい って死ぬわけではないが、そういったものに触れているだけで、精神が高揚し、自分の力 を今以上に発揮できる源みたいなものになる。 48私はできる限り自宅で食事するようにしている。例えばテレビ局で出されるお弁当も、 そこでは食べずに持ち帰り、再調理しなおし、他のものと合わせるなどして食べるように している。それは弁当がまずいとか不衛生だとかいうことではなく、自分の好みにしたい ということと、その日の栄養のバランスを取るためなのである。カロリー計算には気を使 う今時の若い人も、栄養のバランスのことを考えないので、きっと老いてから体はガタガ タになるのではないかと心配している。 最近テレビ番組で塩分とか糖分とか油をテーマにしたものが多いが、49とても危険なの は個別にそういったものを考えると、みな健康の敵のようになることだ。塩分、糖分、油 分どれを取っても取りすぎは体に悪いが、そのバランスを考えて取れば、どんなものだっ て人間の生命には必要なものばかりであることを忘れてはならないと思う。 特に極端なダイエットは必ず健康を害するばかりでなく、年齢が高くなって、いろいろ 臓器に悪影響を及ぼしてきて実に不幸な人生を送るはめになることを知るべきだ。 47.文中の「非日常」とはどのようなものか
[单选题]私は昨春高校を卒業した二人の娘がいる。姉は大学受験に失敗して現在予備校生。妹の方は就職している。姉は小さいころから勉強が得意だが、妹は勉強は苦手だった。だが二人とも心の優しい子に育ってたと私は思っている。 先日、久しく顔を見せていない夫の弟が尋ねて来た。私と娘二人で迎え、にきやかに談笑していたが、途中から【61】話の「注」雲ゆきがあやしくなってきた。義弟がいやに姉の方にからむのだ。 「女なのに大学なんかに行ってどうするんだ。【62】学歴のある人間にろくなやつはいない。」 「注」気まずい空気を取り除くように妹は「おじさん、夕食にしよう。カレーがあるのよ。」と準備のために席を立った。昼の間に姉が久しぶりに会うおじさんのために作ったカレーである。カレーを口に運んだ義弟は「やっぱり勉強はできなくても、気立てのいい子の作った料理はおいしいなあ」と言った。カレーは妹が作ったもの思いこんでいたのだ。姉は【63】「ごめんなさい。」と席を外し、台所で泣いていた。彼女の心はズタズタに傷つけられてしまった。 義弟は中卒で苦労して生きてきた人間である。今までに学歴のある人間に何度も傷つけられてきたことだろう。一年以上も会っていない姪に「女のくせに、ロボットのように勉強ばかりしている。」といって、自分の劣等感をぶつけたのではないだろうか。 【64】姉の浪人が決定してから、励ましに来てくれた親類の方々話の内容も「私は学歴はないけれど、人間性だけはある。」という。最後には女の学歴の批判で終わる。みんな、女で浪人という表面ばかり見て、教師希望という目的意識を持った娘の内側を理解してくれる人はいなかった。 注: 雲ゆき:云的移动情况;形势 気まずい:不融洽,发窘 気立て:性情 63.姉が『「ごめんなさい」と席をはずし、台所で泣いていた。』のはなぜか
[单选题]私は野原や山を歩いているときに、63 名前を知らない植物によく出会います。そういう時、採集してくることができる場合には、なるべくその植物の特徴のハッキリしたものを摘むなり、或いは根から掘るなりして大切に持ち帰って、植物図鑑だの、?その他の私が持っている書物を頼りに64?調べてみます。ところが、?65?持ち帰ることができない場合がしばしばあります。たとえば、それが大きな木であるとか、掘ることを禁じられている高山植物であるとか、或いは、よその庭に植わっているものであるとか、むしろ、?それを持ち帰ることのできないことのほうが多いかもしれません。その時には仕方がないので、自分の目で、それをよくみて、覚えて帰るより方法はありません。あまり不思議なものならば、そめ特徴をノートに書いてくることもあります。ところが、?特徴をノートに書いてきて、66?植物図鑑などで調べても、すぐに分かることは実にすくなく、たいがいの時は、何か見落としています。花弁や雌しべ雄しべの数などは、だいたい覚えていられるけれども、?どこか一部分に細かい毛があるかないか、67?それが今年伸びたところか去年のものか、と言うようなことになりますと、私の観察は実に不完全であって、どっちだったか分からなくなってしまいます。しかも、それが68?名前を見分ける決め手であることが分かったには本当に残念です。近い所ならばもう一度引き返し、一本の植物のある部分だけを確かめに出かけてもいいという気持ちにさえなります。このことは、?69?昆虫や小鳥の場合でも同様で、随分注意を払ってみたつもりでも、細かい記述のある書物と、自分の記憶を付き合わせてみますと、必ずといってよいくらい70?あいまいなところがでてきます。66.「植物図鑑などで調べても、すぐに分かることは実にすくなく」理由は何か。